読書(小説)

母なる夜 カート・ヴォネガット 池澤夏樹=訳 白水ブックス 感想文 事実?フィクション(創作)?

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題名母なる夜
著者カート・ヴォネガット
池澤夏樹
出版白水ブックス、早川文庫SF
発行1984年6月20日

総説

スパイの物語である。
アメリカ人でありながら、第2次世界大戦勃発後にドイツに残り、アメリカのスパイとして、ナチスドイツの反ユダヤ主義者でラジオ宣伝放送を受け持つ、放送時に暗号でアメリカに情報を送り続ける。

スパイとして、優秀なドイツ人として生活する内に、周囲からはそのまま優秀な愛独家と思われるうちに、自分でさえ、自身が何者なのかを見失ってしまう。

最大の悲劇は、終戦後、自分がアメリカ側の人間としてスパイ活動を行っていた事を証明出来なくなった事。アメリカのために、優秀なドイツ人として振る舞った彼は、祖国アメリカにて裏切り者という烙印を押され、居場所もなくなってしまった。
そして、それは現実的な話として彼の身に最悪の結果をもたらしている。その状況下で彼が残した自伝である。

大いなる戦争という惨劇に巻き込まれた、一人の男と、周囲のまたひとりひとりの人々を書き出す作品。

登場人物

  • 著者・・・主人公「キャンベル」からの依頼で手記を編集する。
  • ハワード・キャンベル・ジュニア・・・主人公、戦争犯罪人として刑務所の中で手記を残す。
  • アーノルド・マークス・・・看守、イスラエル人、18歳。
  • アンドール・グートマン・・・看守、40代、ユダヤ人。
  • アルパド・コヴァックス・・・看守、陽気な男で同じく元スパイ。
  • バーナード・メンゲル・・・40代、ヘースの処刑を手伝う。
  • ルドルフ・フランツ・ヘース・・・アウシュビッツのユダヤ人絶滅キャンプの司令官。
  • パウル・ヨーゼフ・ゲッペルス・・・キャンベルの上官、ドイツの大臣。
  • ヘルガ・ノト・・・キャンベルの妻、ドイツ人の女優。
  • レシ・ノト・・・ヘルガの妹
  • ヴェルナー・ノト・・・ヘルガの父、キャンベルの養父。
  • バーナード・B・オヘア中尉・・・戦後、キャンベルを捕らえる。
  • アブラハム・エプスタイン・・・戦後のキャンベルの隠れ家の下に住む医者。
  • フランク・ワータネン少佐・・・アメリカ陸軍省、「青い妖精の代母」
  • ジョージ・クラフト・・・キャンベルの隣人。
  • ライオネル・ジェイソン・デヴィット・ジョーンズ博士・・・ホワイト・クリスチャン・ミニットの発行者。キャンベルを見つけ出した男。
  • アウグスト・クラップタウアー・・・ジョーンズのボディガード、63歳。
  • パトリック・キーリー・・・ジョーンズの秘書。元神父。73歳。
  • ロバート・スターリング・ウィルソン・・・ジョーンズの運転手。黒人73歳。
  • ハインツ・シルクトネヒト・・・戦前からのキャンベルの一番の親友。
  • ステパン・ボドフスコフ・・・元ロシア部隊の通訳。キャンベルの原稿を見つけ、代わりに発表する。
  • アルヴィン・ドブロウィッツ・・・イスラエル人弁護士、キャンベルの弁護人

事実なの?フィクション(創作)なの?

まず、本作品は「ハワード・キャンベル・ジュニア」の告白を彼自身の告白が書かれた原稿を著者が編集した話となっている。
つまり、そのまま受け止めれば、実際にあった話とキャンベルが記した自伝となる。

キャンベルの原稿の残り枚数、登場人物の偽名化、キャンベルの語学力文章力、更に原稿の編集など、まことしやかに原稿の存在は示されている。

それをこれから読み解きたい。

感想

「君は戦争のはじまりと同時に自分を死んだものと見なして志願してくれたまえ。
 たとえ捕まらずに終戦まで生きのびたとしても君の名声などはすっかり消えているだ     ろうしー生きる目的もあまり残っていないはずだ」
これが、キャンベルがスパイになる前に、代母にかけられた言葉だ。つまり、彼ははなから戦後の状況は分かっていて志願したことになる。
それは、ただ名もなき英雄になるために。
戦後は予言の通りに、何でもない人になり、モルヒネ中毒者となり妻への愛のみを抱え13年間、隠れ家で過ごした。

この時点で、戦争を知らない現代日本人の私にとっては、その心境は意味が分からない。「若き自分の人生を捨てて、国のために尽くしなさい。その結果、君の人生は終わる」そんな事を言われてスパイになど絶対にならない。
 もっと、映画のような、かっこいいスパイならまだしも・・・。Y世代である私にとって、仮に戦争が勃発したとしても、全力で戦争には行きたくないし、お国のために命を捧げることは嫌だ。
 おそらく多くの方はこう考えるだろう。しかし、時代は違う。私達の生活の礎には、多くの犠牲がある。もっと若きものが、特攻隊として、命を捧げていったのは事実なのである。

 だから、キャンベルのこの決断も、戦時の時代背景ではやはりあり得る決断だったのだろうなと・・・そう思う。

物語は、戦前ドイツでの生活と、隠れ家アメリカで13年過ごし動き出した時、現代。この三つの軸で構成されている。戦前の物語は、常にセピア色のくすんだ、悲しげで物静かな雰囲気で進んでいく。これが、戦争の色なのかも知れない。
 そして、隠れ家での生活は、少し色味を感じる、物事がまさに動いている。なぜそのような印象を受けるのか、私には分からないが、それは、著者と訳者の技術なのであろう。
 メインと言えるアメリカでの生活、ここではスパイ活動とは全く関係なく、止まっていたキャンベルの時が動き出す「事実は小説より奇なり」とは言うが、物語になるからには、普通の人の人生であるはずがない。

また、著者は、彼の手記についてこう示している

彼が作家だということはとりもなおさず芸術の要求だけによっても嘘がつけるということで、嘘をよくないことと見なす必要がないということである。
それに演劇ほど人生や情熱をグロテスクで人工的なものに湾曲してしまうものはないから、彼が劇作家というだけで読者としてはいよいよ警戒してこの本に向かわざるを得ない。

だから、彼自身がその人生を、脚色している可能性もあると示唆しているのだ。

読み進めていくと、さらなるパラドックスの世界に迷い事になる。

複雑な矛盾

①この物語は、キャンベル自身が、裁判の資料として提出したもの
であるから、彼に不利な要素を織り交ぜながら、真実を語りたいだけと言いながら、自己の擁護をしているかも知れない。

②最後まで、アメリカのスパイだったと主張。
その事自体がつくり話かもしれない。アメリカ政府は、彼が入国していることすら知らない。

③真にナチスだったかも知れない
ユダヤ人の中傷は本心であり、ドイツが勝てばそのままナチス派として過ごしていただろうし、客観的にもそれは可能。また、彼はドイツ人の美しい妻をもらっており、劇作家として成功し、著名人などとの付き合いもあり、アメリカに帰らず、ナチス側につくというのはあり得る。

それら全てが、真実でもあり得るし、嘘でもあり得る。
例えば、彼は青い妖精の代母と三回目に会っているという・・・
その後、元の場所に戻ったわけだが、よく考えると、それはつくり話かも知れない。
逃げることが出来たのに、わざとに自身を不利な状況に導いたように見せかけるための嘘と考えても、辻褄は合う。

しかしながら、彼の自己弁護のためのつくり話では!?という目線で見られないほどに彼の話は信憑性も高く、特青い妖精の代母の情報などは、創造の産物とは思えないほどにリアリティに溢れている。

だが!!彼は劇作家なのだ。

アメリカで、クラフトを出会ってから、生活は色彩を帯びてきて、淡々と何かを取り戻しかけていた。そこからの二転三転は目まぐるしく、時に滑稽なほど悲しくて、キャンベルの行動には同情しか沸かない。

彼は精神分裂症であると言っている。それがどういう人なのかというと、彼のような人の事である。それを考慮すると彼の証言の扱いはさらに難しくなる。

最終局面に向かう。
キャンベルは、もう自暴自棄になり、自らの生すらも捨てようとしている。
唯一の希望。のはずであった青い妖精の代母からの手紙でも彼の希望にはならない、彼は破滅を望んでいるから~この手紙自体、ワータネンの人物像からして、信憑性は保証されていないけれど、~本来ならば、青い妖精の代母からのメッセージを持って、ハッピーエンドとしても良いところだ。

その彼が、自己弁護をしても意味がないから、告白は真実(妄想かどうかは分からないが、彼にとっては嘘ではない)なのであろう。

彼は、時代が犯した罪に翻弄された。そして作者は、戦争のモラルを辛辣に問うたのだ。

結局この話は真実なのか!?

それは、読んだ人だけが知ることが出来る。

 


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